イルカショウを見るために、巨大水槽の淵に待機している。向こうのほうの水面からイルカと飼育員が顔をだしているのが見える。ここからだと距離がすこし遠いかな、と思っていると、左側にいる観客がつぎつぎに水槽の中へ入ってゆく。これから行なわれるのがイルカショウではなく「イルカと共に水槽を泳ぐ」体験プログラムであることに気が付く。念のためゴーグルしておいてよかった。

わたしの順番が来て、まずプールのヘリから10メートルくらい先、飼育員の場所まで泳ぐよう命じられる。深い深い底知れぬ水槽に恐怖をかんじ、また着衣水泳のためなかなか思うように所定の位置までたどり着けない。やっと泳ぎきると、飼育員に法螺貝を手渡される。「イルカと泳ぐ前にまず練習として、潜水してください。おおきく息を吸って、この法螺貝をくちもとに当てがって。70メートル地点まで潜りましょう」順番待ちの観客のまえで、緊張して息継ぎもうまくできない。動悸もはげしく、なにより巨大水槽への恐怖心が抑えられない。ゴーグル越しに、水中にはさまざまな魚やウツボのような生物、暗い暗い珊瑚のかたまりが見える。70メートルも潜るのはぜったいに無理だ。そもそも始めから、イルカとなんて別に泳ぎたいわけでは無かった。暗い水槽の底を目指しながら、わたしは意識を失った。